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吉野朔実『少年は荒野をめざす』

がんがん書くとか言いながらまたしばらく放置気味でした。
GWが充実してたので嘘です見栄を張りました連休って何ですか仕事してました

そろそろ更新増やさねばと思いつつも、
レビューを書きたいなあというモチベーションになる本を読めておらず、
どうしたものかと考えながらなんとなくアクセス解析見てたら、
意外と昔の少女漫画とかジェンダーとかで検索してる人が多くいらっしゃって、

それでこの有様ではあまりにも申し訳なく、
もうちょっとそのへんに触れておこうかなと思ってみました。
フェミニストでも何でもないので専門外ですが。


そして私の中では、
そういう方面を描いた最後の少女漫画だと思われる
『少年は荒野をめざす』が頭に思い浮かんだのでレビュー。

『おにいさまへ…』に続きなつかし少女漫画レビュー第二弾ですね。




『少年は荒野をめざす』

昭和60年から今は亡き「ぶ~け」に連載された、
今や大作家の吉野朔実先生の代表作です。

緑の格子柄のまぶしい、ぶ~けコミックスで持っております。
……このポップなコミックスデザインが作品に全然似合ってないんですよね……

syounen0.jpg

今もばりばり描いていらっしゃって相変わらずとてつもなく巧いんですが、
個人的な好みから言うと、この頃の絵がいちばん好きです。


桜の頃になると必ず読み返してしまうのは、
この卒業式のシーンの美しさが、
何年経っても脳裡から離れないためです。

syounen1.jpg

着ていた頃は重くてダサくて嫌で仕方なかったけれど、
こうして見るといまや絶滅寸前の膝丈スカートセーラー服の、
なんと禁欲的で郷愁を誘うことでしょうか。




5歳の野原に
少年をひとり
おきざりにしてきた

今も夢に見る
あれは

世界の果てまで
走って行くはずだった真昼

やけるような緑と
汗と言う名の夏が
身体にべったりはりついて

空には

付け黒子みたいな黒揚げ羽が
幾度も幾度も まばたきしていた

あの少年は私
今もあの青い日向で
世界の果てを見ている






主人公、狩野 都(かりの みやこ)は、
5歳まで自分を男だと思っていた過去を持つ、
社会不適応気味の少女。

病弱な兄が亡くなる5歳まで、
彼の代理として世界に触れるという役割を担っており、
そのため自己と兄の区別がうまくできなかった。

そんな自分の物語を文化祭の同人誌に寄稿したら、
編集者である級友の兄の目に止まり、
狩野は若干15歳にして小説家としてデビューする。

5歳までの、兄と自分が融合していた世界を
しかし美しいと感じてしまう狩野は、
少年ではない自分というものを、周囲の少女たちのように
単純に受け入れることが出来ない。


仲の良い級友に告白されて、
こんな方向で多大なショックを受けてしまうくらいに。

syounen5.jpg


しかしご覧の通り狩野は髪を腰まで伸ばしているし、
規定どおりのセーラー服をちゃんと着ているし、
女の子に恋をしているわけでもない。

ここで言う、少女漫画の伝統的「少年願望」というのは、
今日的な性同一障害では絶対的にないのです。


そういう意味で、この「少女漫画の伝統」を
ぎりぎり伝統のまままっすぐ描いた最後の漫画じゃないのかなあ、と
私は思うわけです。
いや全部読んでるわけじゃないから知りませんけども。


少女にとって「少年」が「自由」の象徴であった、
最後の時代なのでしょう。


この連載が終了して数年後に、「なかよし」では
「セーラームーン」――少女が少女のまま可愛く自由に戦う物語――が
連載開始されるわけですし。


そう思うと抑圧を感じていた時代の少女の持つ、
この深く重く、そして静謐な美しさときたらどうですか。
この絵、この物語、この詩のようなネーム、
とても今の時代ではなかなか描けない貴重なものだと思いませんか。



そんなわけで社会不適応な狩野は、当然周囲の少女たちとは
どう頑張っても溶け込むことが出来ません。

今の時代の価値観に照らして、
狩野を空気の読めない女、として斬り捨てることは簡単です。
しかしそこをぐっとこらえて、
今の思春期の悩める少女読者に、
狩野の思索に付き合っていただけたらな、と思う老婆心。



受験前の下見に行った高校で、
狩野は
「5歳のときの自分が少年のまま成長した姿」
を持つ、
黄味島 陸(きみじま りく)を見る。


ひとめぼれ、という言葉を用いるのは容易です。
しかしそこにあるのは恋愛感情とは言い難い。
狩野が陸に見ているのは理想の自分であり、


理想の自分が隣に立っているのならば
己の存在は無意味なものになってしまう。



一方、複雑な家庭環境が原因で、
己を解放することが出来ない八方美人の陸もまた、

小説家として期待され、円満な家庭に暮らす、
自分によく似た姿をした、しかし自由な狩野に、
複雑な好意と憎しみと自己嫌悪を抱えることになる……


女の子として好きだ、と級友に告白されたときは
あれほどショックを受けたのに、

陸に「自分に似すぎていて、女の子とは感じない」と言われ
逆にショックを受ける自分に気づく狩野。

狩野はそうして少しずつ、
「少女としての自分」を受け入れるようになる。

syounen2.jpg


しかし吉野朔実ですから、
恋をして女の子になりました、なんて単純な展開はしません。
これは乙女のための純愛物語ではなく、
アイデンティティ確立の苦しみを描いた、痛い青春物語なのです。



狩野と陸はお互いの中に理想の「自分」を見ている。
根源は自己愛であって、単純に恋愛関係にはなれない。
ふたりでいると喜びは倍になり、苦しみも倍になる。
お互いがお互いに、どうしても過剰反応してしまう運命。


狩野を有望な小説家として、無数の夢を見せる美しい少女として愛する、
評論家の日夏は、そのままいけば二人がどうなるか、
最初からわかっていたのだが……


syounen3.jpg





……結末は知ってるのに、
今回改めて読み返して、
やはり飛び降りのシーンは心臓が縮む感じがします。




……若いってバカだ。
でもこの真摯な若さのバカを、ここまできっちり描けるってすごい。

そしてその若さによる暴走をずっと愛しく見守っていた日夏さんの、
一貫して冷静なシニカルさが、今になってみるとひどくいとおしいです。


syounen4.jpg

私 日夏雄高は
かねてより憧れていた
傷心旅行に出掛けます。

日夏邸 使用者へ
生ゴミはきちんと出しましょう。
 火・木曜日です。




子供の頃には何も感じず読み流したこの書き置きを、
切ないなあと感じたのは大人になってからでした。





そしてこの物語は、とても印象的なラストシーンを迎えます。
私の勝手な思い込みですが、
少女漫画トランスジェンダー伝統の最後を飾るに相応しい、
美しい解放的なシーンではないでしょうか。







ふり向くと

私の記憶から
とき放たれた夢の少年は

荒野をめざして
走ってゆくのだ

あの時
そうしようと
したように


何処までも



何処までも








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HN:たかの
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自己紹介:
こよなく漫画を愛する
ひとり暮らしのダメ人間。
こっそり同人活動も
やってたりします。

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